「頭、この有様は…!?」
 目の前に広がる異様な光景に、ソウベエが動揺の声を上げていた。

 先ほどまで自分達に矢を浴びせていた農民達が、無防備な状態(すがた)で米俵を積み上げている。
 しかもシュウサイ達の姿を見るやいなや、一斉に土下座を始めたではないか。

「お…怖れいりまして、ごぜえますだ」
 農民の一人――リキチが恐る恐る前に出て平伏し直す。
 ソウベエはこの信じられぬ農民の転身ぶりに動揺を隠しきれなかった。
「農民、何の真似だ!」
 それでもどうにか居丈高に身を乗り出したソウベエに対し、必死に語り出したのはやはりリキチだった。

「俺(おら)達はやぁっと目が覚めただぁ。野伏せり様突っ殺して、やっていけねぇってことをやっちまっただって解っただよ」
「今更何を申し開くというのか!!」
 あれだけ鋼筒に乗ったを野伏せりを倒しておきながら!とソウベエの怒りは農民達の耳をつんざくように降る。
 それでもリキチは恐怖を喉奥に無理矢理飲みこむ。
「俺達は農民だ。農民の分際で、侍雇って野伏せり様殺そうとしただ。だけんども、おっかなくなっちまっただよ!農民は農民のまんまが一番だ。戦なんてとんでもねぇ!」
 震えながらも必死に語り続けるリキチに、今度はソウベエもシュウサイも黙って聞いていた。
 真偽を見極めようと、リキチの一言一句に耳を傾けている。

 野伏せり達の視線を一身に集めながら、リキチはなおも続ける。続けるしかない。
「野伏せり様がお怒りになってここさ来たのは判ってる。侍ぇと手組んだら、皆殺しにするって言っただ。だけんども、俺達心入れ替えて、野伏せり様が欲しいもの何でもやるから!」
 そこでリキチは顔を上げた。己が語りの一番の見せ所。
 怖れに怖れていた野伏せりと、初めて顔を突き合わせた。
「詫びの証に、この米みんな持ってってけろ! だがらお願ぇだ、助けてくれ!――こん通りだ!」
 上げた頭を再び下げ、その頭上で許しを請う為の手を組む。
 他の農民達もリキチに倣ってより深く頭を下げ――シュウサイの返事を待った。

 シュウサイはすぐに応えない。ソウベエが耳打ちするような位置まで寄り、二人で思案する。野伏せり達は、頭(シュウサイ)の判断を仰ぐように見上げている。
 場に沈黙が流れた。響くのは農民の緊張した息遣いと、シュウサイらが上げる軋み音のみ。
 しばらく後、シュウサイはその目に光りを灯らせながら言った。

「元より米は頂いていく。だが…もう一つ欲しい物がある…」
 その先の答えを、リキチは知っていた。
「侍はどうした?」
 思っていた通りだ。
 シュウサイの言葉に、リキチは隣のマンゾウを振り返る。
 マンゾウも承知して頷き、後ろに合図を送る。

 そうして霧の奥、農民達の後ろから現れたのは、縄で縛られたカツシロウ、ゴロベエ、キュウゾウの三人だった。
 さらに、その手前に置かれたのは傘に乗せられたキクチヨ――の首。

「…こん通り、捕まえてありますだ」
「ほぉ…」
 意外という声を出し、ソウベエは「無様よの」と嘲笑していたのだが、

「――キュウゾウ? キュウゾウではないか」

 差し出された三人の中、キュウゾウの姿を見つけたソウベエは、驚きに声を上げていた。
 相変わらず感情を読めない顔はソウベエが確かに見知ったもの。
 まともな会話など交わした事など少ない。
 ただ虹雅峡において、キュウゾウは一人の娘を伴ってソウベエを出迎えた事が幾度かあったのだ。
 
「もはやここまで落ちようとはな」
 呟かれたソウベエの嘲りには侮蔑、そして怒りが込められていた。
 ゴロベエが微かな空気と声音の変化に眉を顰め、キュウゾウは確かにその怒りを感じ取っていた。その怒りの意味も。
 だからこそ、あえてキュウゾウは相変わらぬ調子で返す。

「…あんたもな」
 皮肉。否、ソウベエ――そして横のシュウサイへの非難の意味を込めて。

「儂が落ちただと!?」
 ソウベエもまた理解したからこそ、激昂し斬艦刀を振り上げた。
 シュウサイもキュウゾウの言葉に意味を察していた。だからこそ止めなかった。

「農民ごときに飼われた犬め――」
 振り下ろす瞬間、当てるつもりはなくとも自ずと力が込められる。
「朋輩を裏切った愚か者(きさま)如きに言われる筋合いはないっ!!」
 憎しみ込めて地を叩き割るその衝撃。
 農民は突然の事に逃げる事も叶わず、ただ舞い上がった砂塵から身を守るように縮こまった。
 当のキュウゾウの表情は、真横で砂塵が吹き上げるにも関わらず微動だせず、ソウベエを見上げていた。それ以上の言葉は無い。けれど、その視線はただ静かに非難を続けるだけ。ソウベエもまた返すように睨みつける。
 その時ばかりは、双方、心中の問いかけは同じだった。

 ――その姿、果たしてあの娘に見せられるのか、と。

 しばしの睨み合い。
 先に視線を逸らしたのはソウベエだった。
「…キュウゾウを除けば侍は六人いるはず。後の三人は――どうした?」
 意識を切り替えるように農民に問うと、代表として喋っていたリキチが「へぇ」と先の衝撃で崩れていた居住まいを正して再び頭を下げた。
「突っ殺そうとしたら、落ちた」
「ほぉ?」
 緊張で堅くなった声を、シュウサイは疑った。
 あの侍達が農民ごときにそう易々と落とされるとは思えない。ソウベエもまた同様に感じていた。
 キュウゾウといい、如何にして農民ごときが侍を捕えられたのかと。

 だが二人の疑問は、それを予想していたリキチの言葉によって晴れた。
「俺達に弓矢の使(つけ)ぇ方教えてくれたのはお侍だ。弓矢だけじゃねえ、野伏せり様やっつける為に用意したもん見て、俺達はしでかした事の大きさに気付いて、逆にお侍を追っ払っただよ」
「…己が仕掛けた罠に嵌らされたか」
「しまらぬ話よの」
 なるほど、いかな侍とて農民の臆病(おろかさ)には勝てなかったという訳か。
 シュウサイは納得するように嘲笑い、ソウベエは怒りに替わり、呆れの同情を持ってして斬艦刀を引き抜いた。

「三人を捕まえよ!」
 シュウサイの命に、甲足軽達がマンゾウらを乱暴に押しのけ縄尻を奪う。
 縄に縛られたゴロベエにカツシロウ、そしてキュウゾウの三人から抵抗は無い。引くのではなく乱暴に押す事で、甲足軽は三人を浮遊要塞へと歩かせる。
 さらに別の甲足軽が手早く米俵に竹筒を突き、中身を改めた。
 毎回のこと――米の出来具合を見る為でもあったが、今回に限り念の為でもあった。
 一応納得はしても、農民を信じるには至らないのだ。
「…隠し米か」
 改めた甲足軽が呟くと、同時に平伏す農民達に対して他の甲足軽達が一斉に抜刀し――リキチを始めとした手前の農民達を囲う。

「…何すっだ!?」
 あまりにも予想外に迫る刀に驚愕し、リキチは何故、とシュウサイを見上げる。
 応えたのはソウベエ。
「お前達には他の者達への見せしめになってもらう」
「そんなぁっ!?」
 一気に青ざめていく農民達を、改めてシュウサイは浅はかだと感じた。
「待ってけろ、儂らがいなきゃ米はどうすっだ!?」
「米は他でも収(と)れる」
 そして冷酷に吐き捨てられた言葉に、リキチは野伏せりをその実甘く見ていた事を自覚させられていた。
 リキチ達の予定では、これで野伏せり達は去てくれるはずだったからだ。
 たまらずマンゾウやゴサクが、泣き叫ぶように命乞いを始める。
「話さ聞いてけろ、お願げぇだ!」
「お願ぇします野伏せり様ぁ!!」
「黙れ!」
 だがソウベエはそんな農民に一喝し、
「例え心変わりしようとも、我らに矢を浴びせて罪が如何に重いか――その身をもって知るがよい!」
 一切の言葉を聞き入れぬとばかりに斬艦刀を振る。
「死を請うて、なお叶わぬ永劫の苦しみを味わえぃ!!」
 甲足軽の刀もまたソウベエの吠えに応えるようにして振り上げられ――

「お待ち下さい!」
 
 その場にそぐわぬ、凛とした高い声に制された。
 静かに横手から現れたのはキララ。
 白い祈祷装束は野伏せり達の視線を集めるには充分な目立ちとなっている。

「…水分り様!?」
 さらに予想外な登場に、リキチが信じられないような面持ちでキララを見た。
 シュウサイもソウベエも、キララの顔を知っていた訳ではないが、リキチの呼び名には覚えがあった。
 水分りの巫女――キララが虹雅峡差配の息子ウキョウが酷く執着している娘だというのは、そのウキョウの姉より聞かされた話。
 キララはシュウサイの前に正座すると、改めて主格の二人を見上げた。
「どうか、お待ちを」
「…その方、虹雅峡まで侍を雇いに参った娘御だな」
「はい」
「何用だ」
 遮られた事に苛立ったソウベエの問いに、キララはその高きにある顔を見据えて言った。

「私の命と引き換えに、この村をお見逃し下さい!」

 キララの言葉は、農民達にさらなる動揺を与えた。
 よりにもよって水分りの巫女が自らを差し出すなど、農民達の予定には無かったのだ。

「…ほぅ、贄になると申すか」
「はい。野伏せり様のお怒りは御尤もにございます。怒りのまま村を押し潰すは容易い事…ですが、それでは数多の落ち武者と変わらぬとお思いになりませぬか?」
 それはまさに、先程のキュウゾウの非難を少なからず言葉にしたものだった。
「貴方様も誇り高きお侍様の端くれなれば、このような小さき村に目くじらを立てるとは、まさに小物の証――」
「止めぃ!」
 シュウサイの目が強烈に光りを放つ。
 シュウサイは試されるような物言いに、よい度胸とばかりに手に持った刀の切っ先をキララに向けた。
「口先三寸で場を収めるつもりか」
 じりりと切っ先がキララに迫る。
 さすがに膝上で重ねられていた手が不安げに解かれるが、それでもキララは引かない。真っ向からシュウサイを睨み上げる。二人はしばしの間睨み合った。

「―――ふはははっ!」
 先に緊張を解いたのはシュウサイの方だった。
 刀を引き、愉しげに肩をゆすり笑い始める。
「…なるほど、確かに見上げた娘よの。よかろう。その方の命、貰い受けよう」
 同時にシュウサイは肩のショルダクローを展開させ、本来ならば武器専用である格納部に米俵を収容していく。
「小娘如きに、我らの怒りを収めまするか!?」
「落ち武者と言われてはのぅ…」
 納得がいかないソウベエを窘め、シュウサイはもう一度キララを見た。
 未だ自分を睨み上げているその姿は、異なる態度であれ別の娘を思わせていたのだ。

 途端、この場にあって不謹慎とも言えるような衝動にかられた。

「娘、こちらへ」
 甲足軽二人が引っ立てようとしたのを制し、シュウサイは米俵を収納しきるとキララを自分の元へ来るよう命じた。
 突然の行動に、キララは勿論野伏せり達――そして侍達もさすがに驚いた様子でシュウサイを見上げた。ただ一人、ソウベエだけがシュウサイの魂胆を理解していた。
 当然戸惑うキララを、シュウサイは「どうした、早く来ぬか」と何食わぬ顔で急かす。
 シュウサイは、このように肝の据わった娘に一泡吹かせる術を知っていた。

 戸惑うキララを促すため甲足軽がその腕を取ろうとしたが、キララは何とか自ら足を進めてシュウサイの足元へと歩く。近づいてくるキララへシュウサイが屈みこむと、
「きゃあっ!?」
「み、水分り様ぁ!!」
 不安げに見ていたリキチが悲鳴を上げた。
 シュウサイが、やってきたキララを手で掬うように持ち上げたのだ。

「どれ、その度胸に免じて――特別、儂の手で連れていってやろう」
「え…!?」
 意地悪な声をキララの頭上に落とし、シュウサイは反転した。
 浮遊要塞へと向かえば、落ちぬようにとシュウサイの手にしがみつくキララの姿に、またも嬉々として自分の掌の上ではしゃぐ娘を思い浮かぶ。似ているという訳ではない。寧ろ反応は対照的であるのに、それでも、このキララという娘からはかの娘が思い起こされるのだ。
「…頭」
 そんなシュウサイの心中を察して、隣を飛ぶソウベエが咎めるような視線を向けてくる。
「よいではないか。農民の娘なれば、こうして村を見下ろすは貴重な体験ぞ?」
 シュウサイの言葉に、キララは何とか態勢を安定させて下を見る。
 確かに。いつも見ているはずの景色が、どこか新鮮さを思わせるのは自分がいる高さゆえか。
 だが自分を連れるシュウサイが、この状況において何故こんなにも楽しそうなのかがキララには理解が出来なかった。
 
 そしてまさか、キララが野伏せりの頭目によって直々に連れ去られる事になろうとは思わなかっていなかった農民達は、キララの身を案じながら、呆然と要塞へ帰り行く野伏せりと連行されるお侍達を見送っていた。










■十四話を見ていたら書きたくなりました。といってもほとんどアニメそのままなのですが。
 …予定外なのはシュウサイとキララです。
 何してるんですかシュウサイ様。(…)


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