「頭、この有様は…!?」
 目の前に広がる異様な光景に、ソウベエが動揺の声を上げていた。

 先ほどまで自分達に矢を浴びせていた農民達が、無防備な状態(すがた)で米俵を積み上げている。
 しかもシュウサイ達の姿を見るやいなや、一斉に土下座を始めたではないか。
 いや、それはまだいい。
 シュウサイとソウベエが真っ先に目をやったのは、米俵の上に乗っている一人の娘だ。
 何故か他の村人とは違う――まるで嫁入りのような衣装を纏いながらも米俵の上で正座する娘が一人。
 その頭には、『献上物』と書かれた張り紙が一枚。

「お…怖れいりまして、ごぜえますだ」
 農民の一人――リキチが恐る恐る前に出て平伏し直す。
 シュウサイは呆然としたままだが、ソウベエは何とか我を取り戻して身を乗り出した。
「…農民、これは…何の真似だ?」
 米俵の上の娘を指し、おそるおそると言っていいほどに問う。
 それに対し答えるのではなく、語り出したのはリキチだった。

「俺(おら)達はやぁっと目が覚めただぁ。野伏せり様突っ殺して、やっていけねぇってことをやっちまっただって解っただよ」
「…いや、そうではなくてだな…」
 戸惑うように呟くソウベエに、リキチは構わず必死の勢いを保ちながら言葉を搾り出す。
「俺達は農民だ。農民の分際で、侍雇って野伏せり様殺そうとしただ。だけんども、おっかなくなっちまっただよ!農民は農民のまんまが一番だ。戦なんてとんでもねぇ!」
「…儂の話、聞いておるか?」
 震えながらも必死に語り続けるリキチに、ソウベエは困ったとばかりにシュウサイを見る。シュウサイはシュウサイで、娘を凝視したまま無言だ。ただそのシュウサイの額に、出る筈の無い汗がソウベエには見えた。

「野伏せり様がお怒りになってここさ来たのは判ってる。侍ぇと手組んだら、皆殺しにするって言っただ。だけんども、俺達心入れ替えて、野伏せり様が欲しいもの何でもやっから!」
 そこでリキチは顔を上げた。己が語りの一番の見せ所とばかりに。
「詫びの証に、この米みんな――それに村の娘も一人持ってってけろ!」
 そうして、主に米俵の上の娘を手で示す。
 応えて娘も改めて笑顔でシュウサイとソウベエを見上げた。返す二人は凝視のみ。
「だがらお願ぇだ、助けてくれ!――こん通りだ!」
 他の農民達はリキチと共に深く頭を下げ――シュウサイの返事を待つ。

 だがシュウサイは答えない。答えられない。
 あまりにも受けた衝撃の大きさに完全に言葉を失っていた。
 ただひたすら米俵の上の娘へと視線で問う。

   …何故。
   ―――何故、其方がここにおるのだ、。 

 そう、そこいるのは村娘などではなかった。
 かつての大戦にてシュウサイが部下にして、実の娘のように可愛がっていた娘――。そのが、米俵の上で献上物と書かれた張り紙を頭に貼り付けて、しかもにっこり笑顔でいるこの状況がシュウサイとソウベエには理解が出来ない。他の野伏せり達も、信じられないものを見るようにして、を凝視している。

 長い沈黙が流れた。
 このままでは埒があかぬと判断したソウベエは、とりあえず動けないシュウサイの代わりに農民達へと応えた。

「…元より、米は頂いていく。だが、先にその娘を頂いて…」
「いけません、私は最後です」
 先にを取り戻さねばと判断したソウベエだが、何たることか、その自身から制止の声が上がってはないか。
「米が先にございます」
 笑顔を湛えたまま言いきるに、シュウサイがようやく我に返ってか、かぶりを振って前に出た。

「ならぬ、お主が先だ!――そもそも、何故お主がここにおるのだ!?」
「はて、とは何方様の事であらせましょう。私めはただの村娘にございますれば」
「全くの素面で何を申すのだ! これは一体どういうことか!!」
「ああなんということでしょう! 野伏せり様が私めはお気に召さぬとおっしゃられております!」
「誰がそのような事を申したぁ!」
「頭、どうか御静まりを…」
 すっかり動揺を露にしたシュウサイをどうにかソウベエが静めようとするが、あくまで恍けるを相手(まえ)に、シュウサイの動揺における怒りは収まらなかった。

「農民ども、に何をした!」
 刀の切っ先を農民達に向ける。怖れに引く農民だが、は動じぬまま自ら答える。
「野伏せり様のお怒りを静めようと、誠意を尽くしているだけでございます」
「如何な誠意を持ってすれば、このような結果になるのだ!」
「私めが贄になれば、野伏せり様のお怒りはたちまちお静まりになるだろうという提案(もうしで)を受けて下さいました」
 さらりと言ってのける。さらに声を荒げるシュウサイ。
「これは其方が仕向けたる事か!」
「村を滅ぼされぬためにございます」
「儂を裏切るというのか!」
「私はではありませぬゆえ、裏切るなどと申されても困ります」
「詭弁を申すな!」

 とシュウサイのやり取りに、ソウベエは眩暈を感じていた。
 だがそんなソウベエへ、足元からリキチがおそるおそる声をかけてくる。
 何だととやぶからぼうに応じれば、リキチは後ろを示し、
「…お侍も捕まえてあるんだけども…」
 どうしたらいい?とばかりに尋ねてきた。

 リキチの言葉に、ソウベエは今し方その存在を思い出したように連れてこられた侍達を見た。
 侍は三人。それぞれ縄で縛られ、体の自由を奪われている。
 無様よの、ともはや嘲笑にならず力なく呟いたソウベエだが、一番左端の侍を見るやいなや、思わず声を上げた。

「キュウゾウ…? キュウゾウではないかっ!!」
 意外な人物の登場に、状況の歯止めを期待してソウベエは思わず喜んだ。
「おぉキュウゾウ。無様な姿はともかく…お主、あれをどうにか――」
「収められん」
「…即答するでない」
 捕らわれ繋がれの身ながらも相変わらずのキュウゾウに、ソウベエは一気に落胆して溜息をつく。
「むぅ…。其の方まで、に付き合わされておったとは…」
 そんなソウベエを見上げ、キュウゾウはただ一言。
「…侍、ゆえに」
「……そうか」
 相変わらずよく解らぬものだな。と思いながら、ソウベエはふとこの場にヒョーゴがいない事を残念に感じていた。


 あくまで白を切るに、遂に痺れを切らしたシュウサイは足軽達に刀の一振りで命じる。
「…えぇい、そこが娘を――丁寧にひったてい!!」
「…丁寧、に…?」
「……要は乱暴にしなければ…よいのではないか…?」
 語気荒くもシュウサイの矛盾した命令に、困ったように足軽二人がを見下ろす。とりあえず、とその腕に手をかけるが、は素早くしなりを正し動くのを拒んだ。
「私は最後、と申し上げましたが」
「…村娘なれば、口答えするでない!」
 自棄気味な口調のシュウサイに、はそこで過剰なまでに衝撃を受けた様を見せる。
「まぁシュウサイ様、それでは私をではないと認めてしまわれるのですね!」
 大袈裟に前に突っ伏し、嘆き悲しむような声で叫ぶ。
「な…其方が今し方までそう申していたではないか!?」
「ああなんてこと! そこは最後まで信じきるというのが侍(おやくそく)というものですのにぃっ!」
「何を如何にして信じろというのだ!?」


「…果たして、何時まで続くと思う?」
「止めるまで」
 ソウベエは繋がれたキュウゾウを前にしゃがみこみ、遠い彼方を見つめる思いでぎゃあぎゃあ喚き合う二人を眺めていた。









■おさめる!の改作というか何というか。前後構わずに書いてみたかったのです。(笑)
  この後主人公との会話に流されて、差し出された米を半分(しかも侍入りの)しか持って行けませんシュウサイ様。勝手にソウベエさんとは別に短気な所がありそうとか思ってますシュウサイ様。


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