「どうしよう…」
気付けば、全く関係の無い場所に辿りついていた。
しかも風の流れがはっきりと感じられる事から、外が近いのは確かだ。
ここまで歩きながら、全く人の気配を感じられない場所に迷い込んだ自分の運の無さを呪いながらも、は一縷の望みにかけて外の方角を目指した。
ここは都。それは商人(あきんど)の中枢。
商人なれば、誰もが望む聖地に等しき場所。
それがかつて、の大戦にて使用されていた天守閣戦艦を利用して築かれたため移動式だと知るのは、実際に都を見た者が主だ。もまた、都の存在を噂程度にしか耳にしたことがなかったので、最初は懐かしさと驚きにただ呆然と見上げていた。
さらに御天主への謁見においてアヤマロに同行をと誘われたが、はあまりにも恐れ多いとして断った。都にもまたアヤマロの娘として扱われているが、どちらかというと侍に近い装いでやってきたでは、浮くのが目に見えていたからだ。
同じくアヤマロの警護として連れられてきたヒョーゴやキュウゾウと、護衛の控え室にて謁見が終わるのを待っていたが、しばらくしては席を少し外してもいいだろうかと願い出た。
どうしたのかとヒョーゴが尋ねられれば、言葉を濁しながら「ちょっと所用で」と言うしかなかった。
ただその赤らめた顔に、理由を察してかヒョーゴから急げよ、とだけ言って許しを貰った。
そして所用を済ませ、控え室に戻ろうとしたは、今しがた来た道を失っていた。
「…あれ?」
注意深く道順を覚えたつもりだった。ところが、いざ用事を終えれば、道を失ったのだ。完璧に。
あまりにも統一された景色は、どう見ても先程とは異なる。
来た時には三つだけの廊下が、四つに増えていたのだ。自分の記憶と異なる目の前の道数に、はまず自身の記憶を疑り、それを踏まえ今しがた出てきた部屋の出入り口を間違えたのかと確認すれば、そうでもない。
実はこれもまた都の仕掛けの一つだったのだが、さすがにがそれを知る由もなく、仕方なく自分の記憶頼りに道を選んで歩き出す。いざとなれば、出遭った人に聞けばいい。そう楽観的に考えてしまったその姿は、僅かにウキョウと似通っていた。
けれど実際はそう甘いものではなかった。
やはり道を間違えたらしく、一向にそれ自体が目印となっていたはずの道に出れない。
一度戻ろうにも、道順は正確に覚えていても今度引き返した時にまた違っているのでは、という不安があった。
そうしてしばらく――かなりの間、歩き続け――は突然現れた気配に足を止めた。
つけられている。気付かなかったのは自分の迂闊か、相手の実力か。
ともあれここが都である以上、こちらから仕掛ける訳にはいかない。
仕方なくは再び足を進める。気付けば、が行く前にも姿は見えずとも気配が存在していた。
(…数は…二人、だけ? 挟まれてるけど…)
殺気ではなかった。ただこちらを伺うような気配が、に合わせて動いている。
としては真正面からおいで願いたい気分だったが、都中である今の状況では迂闊な声かけすらも躊躇われる。
仕方なく相手の出方を待ちながら、歩いていると前の気配が動いた。はあえて止まらない。次第にそれが別れた道の一方を示すような動きであると判った。
どうやら誘導されているらしい。
(もしかして…迷子だって判ってもらえた?)
それはあまりにも都合の良過ぎる考えだったが、としてはそう信じたくて素直についていった。
こちらを伺う気配に、全く不快を感じないのが理由だ。あくまでついてこいという意志しか感じない。
大人しく導かれるままに進んでいくと、今までとは違う雰囲気の場所に着いた。
風の吹き流れから、この先が外に繋がっている事は間違い無かったが、今までの煌びやかな内装に反して、ここはどちらかというと無機質な雰囲気(におい)を漂わせている。
何の為の場所なのだろうか。はさらに足を進めようとして――
「貴様、そこで何をしている!」
前方から掛けられた声に、慌てて顔を上げる。
少し距離を開けた所で、背の刀に手をかけていたのは大柄な黒尽くめ――甲足軽(ミミズク)が一人。前後の気配は消えている。だがそれが今目の前にいる甲足軽でないのは確かだ。
を警戒してか、じりじり間を詰めてくるが、は逆に心の底から安堵の溜息をついた。
「助かったぁ…」
これで、何とか戻れる。
そう思えば、急に足の力が抜けてその場に座りこむ。
予想外の反応に、相手の甲足軽は訝しげに首を傾げていた。
「つまり、迷子…だと?」
無機質――というより、『彼ら』の空間(へや)なのだと理解して、はやってきた甲足軽数名に、あえて召喚された商人の警護の者として名乗り、己の状況を正直に説明した。ただし、例の誘導していた気配の件はあえて除いた。
「戻せば問題はなかろう」
「だが…話によれば、中をしばし歩き回ったというではないか。容易く帰してよいものか…」
思案する甲足軽を前に、は不謹慎ながらも目を輝かせていた。
戦後、機械の侍は野伏せりと呼ばれながらも都に雇われている、というのはアヤマロから教わっていた。実際、雷電型の野伏せりが都の使いなどを理由に数回虹雅峡までやってきた事もある。
の目の前にいる甲足軽は、大戦の折活躍した機械の侍の型の中でも尤も基本的な規格(かたち)だった。またどちらかというとの陣営で多く見られた存在の為、自然と親近感が湧いてしまうのだ。
「頭に報告しておくか?」
「我らで判断すべきでない」
言うなり、甲足軽二人が素早く奥へと消えていく。
はただ大人しく与えられた椅子に腰掛けていた。
周りの甲足軽達は、珍しい客に遠慮なく好奇の目を向けている。
「しかしいくらこの都ではいえ、迷うなどと…それでよく護衛が勤まるものだな」
まずかけられたのは、嘲りの言葉だった。が女と軽んじての発言でもあったが、自身は言われた通りであるため、溜息を吐いた。
「そうなのです。折角都へのお供をお許し頂いたというにこの有様。事が公に知れれば、下手すれば多大なご迷惑すらおかけするのではないかと不安で不安で…」
さすがにアヤマロは挨拶を終えてしまっているだろうか。もし終えていたならば、戻っていない自分の事で騒ぎになってしまっているだろう。
そう考えると焦りに駆られ、早く戻して欲しいと願うのだが、己が立場では口に出来る事ではない。
頭を抱えるに、嫌味が通じていないと判ってなのか甲足軽が舌打ちする。
だが横にいたもう一人は、興味深(おもしろ)そうにを眺め、
「そのような物を着けているから、迷子になるのではないか? おい女。そのゴーグル、取ったらどうだ」
がつけているゴーグルを指す。
本来はゴーグルなど着けていないが、都に行くならばこれを着けてほしいというウキョウの願い――というより条件だった。もまたウキョウが顔を隠すのに拘る理由を充分に承知していた。
――都では、女は見初められると強制的に嫁や妾にされる。
金で買えない物は無いとしている商人達――特に都に住まう者達であればそれはなおのこと。気に入れば、金と権力を持ってして買おうとするのは言うまでも無い。
それはまさに都の商人への偏見ではあったが、もまた否定が出来ない存在(もの)であるという思いがあった為、自分は対象外だろうと思うも、何が起きるか判らないということで、一応言われるまま身に付ける事にしたのだ。
「申し訳ありません。これを外す事は出来ないのです」
「そう勿体ぶるな」
意地悪い事を言って、甲足軽の手がゴーグルへと伸びる。
これはどうしたものかとは焦りながらも身を引く、それでも伸びるその手がゴーグルに触れる寸前――
「その娘に触れるな」
暗がりから発せられた低い声がそれを制した。
「何奴!?」
咄嗟に構えた甲足軽達だが、何時の間に入りこんでいたのか、奥から現れた人間の異様な気に気圧されて、あとずさる。現れた人間に対し、もまた驚きの声を上げていた。
「きゅ…キュウゾウ殿!?」
抜刀はしていなかったが、いつでも抜き出しかねない不穏な空気を纏いながら、キュウゾウはの横に立つ。
「…迎えに、きた」
帰ってこないに、業を煮やしたヒョーゴの代わりに探しに来たらしい。
それにしては早い到着に、は思わず感動を覚える程で。
「どうやってここまで?」
それはに以上に驚き動揺していた甲足軽達の疑問でもあったが、彼らはキュウゾウの目的がと知るないなや、反転して奥へと消えていった。
「…招かれた」
「もしかして…前後の気配に、ですか?」
キュウゾウは小さく頷く。同様、誘導されてこちらへ来たらしいが、どうやらキュウゾウの時には相手は姿を見せていたらしい。ぽつりと「ミミズク」と呟いたのに、は先の気配がミミズク――すなわち甲足軽の物である事を改めて知った。さらに、の事を知っていたというではないか。
――もしかして。
の胸に期待が膨らむ。
甲足軽がいた時点で可能性として考えていた事だが、期待してはならないと思っていた。
それでも、キュウゾウの話に確信に近いものが得られて、は自ずと胸が高鳴るのを感じていた。
キュウゾウは即に戻ると体を反転させたが、はその手を取り、確かめたい事があると引きとめた。
私事にキュウゾウを巻き込むのは躊躇いがあったが、自分一人残ってはキュウゾウが来てくれた意味が無くなる。
「ご迷惑になると承知でお願いさせて下さい。…居るか、確かめたいんです」
そう言うなりは、あえて甲足軽達が消えた奥に向かった。キュウゾウも後ろからついてくるのに、はつい安堵感を得てしまうのはやはり自分が未熟だからだろう。
奥へ行けば薄暗い中、甲足軽達が抜刀寸前の状態で待ち構えていた。をその実侵入者と判断したのだろう。だがは誰が口を開くより早く、甲足軽達に対し自分がかつての大戦においての参戦者である事をまず告げた。
「当時の仲間を探しているんです」
甲足軽や兎跳兎――それぞれの規格の中にも、仲間と呼ぶべき存在はいた。
何より――
「それゆえ…迷うたなどと下手に偽り、我らの所までやってきたというのか」
薄暗かった空間を突如光が襲う。あまりの眩さに目を多い隠すだが、キュウゾウは一瞬目を閉じた後、その先に視線を向けていた。
光に慣れ始めた目で腕越しに辺りを見渡し――は息を飲んだ。
そこには野伏せり達が一同に集っていた。甲足軽達の後ろに、雷電と紅蜘蛛が悠然と構えている。
左右の雷電は多少の改造をしているとはいえ、通常の青を纏っている。
だが中央の紅蜘蛛は違った。
通常の紅蜘蛛は、名前の通り紅色に彩られている。だが目の前の紅蜘蛛は金色。ただし、その両肩にのみ本来の紅色を残しているせいか、やや色彩がきつく感じられる。そしてその肩や胸に在るのは印と勲章。
甲足軽に「頭」と呼ばれるように、その紅蜘蛛がいかに主格であるかを、は知っていた。
「お主等、己が立場と所在の自覚はあるか? たかだか護衛の身で、都(ここ)深くまで立ち入るとは」
居丈高に見下ろしてくる紅蜘蛛に、しかしは言葉を失っていた。
キュウゾウはそんなの変化に気付いていたが、周りの甲足軽達が段々と殺気立つのに、やむを得く刀に手を掛け――
「シュウサイ様!!」
の喜色の叫びに、その場一同の動きが止められた。
その叫びは、自分の名を知るというのに少なからずとも不意を突かれたのだろう、シュウサイと呼ばれた紅蜘蛛へ動揺を与えていた。
「な、に…?」
「私、私ですシュウサイ様―――ああもぅ!」
は慌ててゴーグルに手をかけ取り外そうとする。今ばかりはウキョウとの約束を破るしかなかった。取り外すにも手間のかかるゴーグルが煩わしく、はつい取り外しながらシュウサイへと駆け出していた。
当然甲足軽達が阻むべく動くが、それより速く抜刀したキュウゾウに注意が引かれる。
さらに「止めよ」というシュウサイの制止まで降ってきたものだから、全員が固まってしまった。
そうしてがいざ目の前まで来た所で、もどかしげにゴーグルを外しきれば、シュウサイもまた驚愕に声を上げていた。
「―――!?」
「ご無事だったのですね、シュウサイ様!!」
は躊躇う事なく途切れた道を飛び出し、そのまま高く飛ぶとシュウサイの胸に足をつけるなり巨大な顔に飛びついていた。
その光景には、さすがに周りの野伏せり達も何事かと動揺を重ねていたが、中にはの名前に反応して身を乗り出す者が少なくなかった。
「まことにか!生きておったのか!!」
シュウサイもまた隠す事なく喜びを露にしていた。顔にしがみつくを手で支え、一層寄せる。
その光景は――それがいかに紅蜘蛛と人間の娘であっても――まるで親子の再会のようにも見えた。
しばらくシュウサイから離れなかっただが、落ちつきを取り戻せば恥ずかしさに下に降り、改めてシュウサイへ挨拶する。キュウゾウにはシュウサイが先の大戦の折、が属していた部隊の筆頭だと紹介した。まだ戦に慣れていなかった頃のは、随分と世話になったらしい。
隣に控えた雷電達はを知らず戸惑っているようだったが、シュウサイの大戦時代の部下と知れば一応の納得は見せていた。
そうして紹介を終えれば、はシュウサイへこれまでの経緯を説明した。
シュウサイも先程までの居丈高から一転、今では穏やかともいえる雰囲気での話を聞いていた。
「なるほど…都の仕掛けに惑わされたか」
まだまだ未熟よの。と呟く声はどことなく楽しそうでさえある。
もそこで初めて自分とキュウゾウを誘導した気配について話した。だがそれは、シュウサイが調べるもなく、雷電側に控えていた甲足軽二人が自ら名乗り挙げた。案の定、のかつての戦友だった。
二人によれば、迷子の人間を見つけたところで、片方がではないかと気付いたらしい。ゴーグルに顔が隠され確証もなく、しかしであると感じた二人は、シュウサイがドッグに待機中であるのを踏まえ、あえてをここへ招いたのだ。ならば、自然とシュウサイと再会するだろうと見通して。
成功したことに得意げな二人ではあったが、当然、シュウサイには叱責を食らう羽目となった。
そうして互いの状況報告を終えると、真後ろまでやってきたキュウゾウが「戻らねば」と短く呟いたものだから、は改めて悲鳴を上げた。
「…ああ大変…!」
迂闊にも再会の喜びに、自分の状況を失念していたは青ざめる。
だが、そんなにシュウサイは問題無いと笑う。
「なに、都の仕掛けに嵌り侵入者と間違えられたと言えばよい。報せはこちらから行おう」
戻る際にも、例の甲足軽二人の内一人が案内役を買って出た。
そんな気遣いに、は何度もシュウサイや周りの野伏せりに礼を述べる。帰るのを惜しまれたが、主を尋ねられた際、虹雅峡差配アヤマロと聞いたシュウサイはやたら機嫌を良くしていた。
そして達が廊下に戻ろうとすれば、別れの挨拶をしたにも関わらず「またな」と声をかけられ、もまた自然と「また」と返した。
「私の我侭にお付き合い頂き、誠にありがとうございました」
戻る道すがら、キュウゾウにもは丁寧に礼を述べた。
迷子なのを探しにきて貰った挙句、自分の我侭に付き合わせてしまったのだ。
キュウゾウは相変わらずの表情。けれどその雰囲気が全く変わりないのは、それこそが応えであるのをは知っていた。
嬉々とした表情で、ただ隣を歩く。
しかし達が知る大廊下に出て、案内役の甲足軽の気配が消えた時、やや後ろを歩いていたキュウゾウが「よかったな」と呟いた。
驚いて振りかえれば――やはり表情に全く変わりは無い。
だからこそは今一度、「ありがとうございます」と満面の笑みを浮かべた。
■キュウゾウが都に一回行った事があるようなので、ついでに主人公野伏せり様と再会の場に。
主人公に加えてキュウゾウまで野伏せり様と面識が増えていく…。
-戻-