「遊びましょう」
開口一番、の言葉にソウベエは言葉を詰まらせ、どう返答したものかと悩んだ。
虹雅渓が御殿。
式守人より買い入れた蓄電筒を届けにやってきたソウベエは、アヤマロが礼状を認めている間、野伏せり用に設けられた入り口で待機していた。
常ならばこういったのは部下の仕事だが、今回ソウベエは自ら進んでこの役目を買って出てのた。
というのも、ソウベエの前に立つ一人の娘が原因だ。
虹雅渓差配であるアヤマロのご息女であるこの娘――は、その実、ソウベエが属する野伏せり衆頭目が一人、シュウサイにとって先の大戦よりの部下にして娘のような存在(もの)らしい。大戦よりシュウサイに仕えている者達も、の事は充分に承知しているようだった。
けれども今のの立場を考慮してか、大戦でのの話を無闇に口にする事は憚られていた。
それでもは、知らぬ野伏せり(もの)に対しても非常に好意的に接してくるので、彼女と接した者達は少なからずとも彼女に対して気を許していってしまうようだ。
それだけならばまだよかったのだ。
最近では、すっかり現を抜かし彼女を目当てに虹雅渓へ赴く者が出てきたというではないか。
さらに常ならば部下に厳しいシュウサイが仕方ないと笑うものだから、ソウベエとしては部下の腑抜け様に――またソウベエ自身はまだ話にしか聞いた事がなかったので――蓄電筒の送達を部下から取り上げるように買って出たのである。
そうしてやってきたソウベエを、は簡単な挨拶を済ませ他の者が奥へ消えた後、
「遊びましょう」
と、にこやかに言って困惑させたのである。
「…遊ぶ、とは…?」
我ながら情けない返し方とは思うが、それ以外に尋ねようが無い。
「ソウベエ様、アヤ…父上が礼状を認めていらっしゃる間、お暇かと思いまして――僭越ながら私がお相手させて頂きとうございます」
「いや…それは構わぬだが、儂と其方で…如何にして?」
野伏せりと人間。特にソウベエは機械化の中では紅蜘蛛に次いで巨大な雷電型だ。この体格差で如何にして遊ぶというのか。そもそも、野伏せり相手に遊ぶという発想はどこから出てくるものだろうか。
だがは笑みを湛えたまま、ソウベエの手を見ると、
「ソウベエ様、恐れながらお手の平を…私に向けて降ろして下さいませんか」
お願いしますと願うその意図は、さっぱり掴めない。
無下に断る訳にもいかず、ソウベエは静かにの前に鉄の掌を向けて降ろすと、「ありがとうございます」と頭を下げるなり、その掌を徐になぞり始めた。
突然の事と感じないはずの掌のくすぐったさに、ソウベエは思わず「何をする」と手を引きかけ、
「何と書いたか当てて下さい」
楽しそうに言ったに呆気に取られてしまった。
「…当てる?」
「はい。私が今ソウベエ様の掌に書いた文字は何か、当てて下さいな」
なぞられた手を見つめ、惑うようなソウベエに構わず、は笑顔で答えを待っていた。
しかしに気を取られ、彼女の指がいかに己が掌の上を滑ったかなど覚えていない。
「…殿…」
「もう一度書きますか?」
「…………頼む」
「では」
正直にもう一度と頼めば、は寧ろ喜ぶようにソウベエの掌に文字を綴った。
なぞる手の動きを意識してみれば、画数は少なくすぐに察しがついた。
解答すればは正解だと、自身が嬉しそうに笑っていた。
それからすぐに次も問題だといって、また掌をなぞる。今度は画数がやや増えた。手の向こうにいるの動きと感覚を頼りにするしかないが、画数が増えると以外と解り難い。
少々迷った挙句に答えれば、今度は外れた。
正解を聞けば難しい文字という訳でもなく、ソウベエは誤ったのをやや恥じて次の質題を求めた。
「其方、我等に触れるに怖れは無いのか」
何問かこなした後、ソウベエがふとへの疑問を口にした。
機械化した野伏せり達は、蓄電筒程ではないにしろ生身の人間が触れるには恐ろしい存在だった。どこでいらぬ影響を受けるか解らないからだ。野伏せり同士でさえ、雷電や紅蜘蛛となれば、突出した己が肩や背により当たる事はあるが、逆に無用にぶつかる事を避けて自然と距離を憚るというのに。
「怖れなどありません。寧ろ私は逆ですから」
「逆…?」
思わずソウベエがオウム返しすると、は無意識に呟いたものなのか、慌てて「なんでもありません」と誤魔化した。は頭を振りかぶると、気を取り直すかのように再びソウベエの掌に指を這わせた。
「さぁソウベエ様、次の質問は難しいですよ」
「…うむ」
ソウベエも本当は問い質したい所ではあったが、の雰囲気に憚られ、仕方なくの指が綴る文字の流れに意識を向けた。
そうして何問かを答え終えた時、奥から礼状を持ってかヒョーゴが姿を表した。気付くも目の前のの言葉に応えて笑うと、溜息を一つを吐かれた。
「お待たせしたソウベエ殿、アヤマロ様より都への御礼状を預かってきた」
「おお、ヒョーゴか」
今気付いたように応えればも振り返り、「お時間ですね」と惜しむように呟くものだから、ついこちらも「そのようだ」と同じ調子で返してしまう。
だがいつものことなのだろう、ヒョーゴは慣れた様子で礼状の入った箱を――に渡す。丁度ソウベエの掌は差し出されている。直に置けばよいだろうと思ったが、すぐ後に受け取ったが丁寧にソウベエの掌に箱を置くと、「それではソウベエ様、お願い致します」と頭を下げたのに、これも毎回の事なのだろうと納得した。
「しかと受け賜った」
必要以上に力の入った返事になってしまい、誤魔化すように慌てて――それでも笑みを湛えたままのを名残惜しげに一瞥してから、後ろへ下がり距離を置いて方向転換しようとしたが、ふとその動きを止めた。
突然止まったソウベエに、何事かと首を傾げたに、ソウベエは――隣にヒョーゴがいる為少々戸惑ったが、
「殿、先の途中で止まってしまった問題、次に儂が参るまで覚えておいてくれ」
そう横から振り向き告げ今度こそ背を見せれば、その背に「判りました」と大きなの声が響き、ソウベエはシュウサイや配下の者達が気を許すのになんとなしに理解して、都への帰路についた。
■書いてる本人だけが楽しいであろうソウベエ夢です。
野伏せり様は遊ぼうと思えば遊べると思うのですがどうでしょう。(…)
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