結局、用意された中で出来るだけ地味な物を選んで私は着替えた。
それでも、肩は丸だしで体の線も必要以上に強調されているものだから、何だか恥ずかしい。
ウキョウはもっと派手なのを着てほしかったようだが、私にとってはこれでも充分派手だと訴えれば、渋々諦めた。
それでも私の手を取ると、意気揚揚とアヤマロ様のおられる謁見の間に向かう。
色々と喋るウキョウの雰囲気は、確かに道楽息子のそれだけれど、話を聞いている内に妙に引きこまれる部分が――バラついて存在しているのが不思議だった。おかげで、意味を理解すべく話を聞くのに集中してしまい、私の動きはいつしか弟に流されていた。
すっかり様変わりしてしまった弟は、どうやら人を自分の流れに引きこむ事に長けているようだ。
さすが商人(あきんど)の息子として育て上げられた事はあると思うのだけど…。
「父上ー、姉さんを連れてきたよー」
この余りにも無作法さ加減はどうにかならないだろうか。
私はその場で床に倒れこみたい気分である。
いかな教育をすればこうなるのか、アヤマロ様に失礼ながらも問い質したくなってきた。
だがアヤマロ様もアヤマロ様で慣れたものらしい。
平然とした「入れ」という低い声が返ってきた。
おそるおそるウキョウに手を引かれながら入れば、広大とも言える部屋の最奥、目の前には遠目にも恰幅のよい男の人が一人悠然と居座っていた。この方がアヤマロ様なのだろう。
…さすがに、好印象とはいかなかった。
商人らしい値踏みするような視線は苦手ではないが、気分の良いものでもない。
アヤマロ様の横には見るからに侍が二人。
一人は長い黒髪を纏め、眼鏡にやや化粧が入った伊達男といった感じに、もう片方は赤いコートに金の髪と一見目立つ風体にも関わらず、あまりにも殺された気配は彼の存在を周りと同調させていた。
「父上、この人が僕の姉さん。名前は。すっごい美人でしょぉー」
何とも身も蓋も無い紹介であったが、ウキョウの声は自信に溢れ、目はアヤマロ様を一筋に見据えていた。
私はウキョウの手から離れると、その場で静かに正座して――アヤマロ様へと頭を深く下げる。
「お初にお目にかかりますアヤマロ様。此度は御前並び若様にして――我が弟へのお目通り叶いましたこと――心より感謝致します」
上から「姉さんがそんな事しなくていいのに」というウキョウの声が降ってくるのはあえて流す。
私はただひたすらアヤマロ様のお言葉を待った。
ウキョウはひたすらアヤマロ様に私に頭を上げるよう言ってと騒ぐが、アヤマロ様は何もおっしゃられない。
だからこそ、私も動かない。
しばらくして、ウキョウがさすがに黙り込むも、私の横に腰を下ろして――気遣うように声をかけてくる。
それでも私は頭を下げたままだからか、同じように頭を下げて顔を覗き込んできたものだから、僅かに顔を横に向けて大丈夫と微笑むと、
「よ、表を上げい」
アヤマロ様より、お声がかけられた。
ゆっくり顔を上げれば、アヤマロ様の視線の鋭さが先程よりもやや緩んでいる。
「なるほど、顔は似てはおらぬが…その髪にその瞳――確かにウキョウの実姉なればこそ」
「あのね父上ぇ、僕が姉さんの見間違えるはずないだろぉ?」
『ウキョウ』
アヤマロ様より視線を外さないまま、私はウキョウを窘める。
…その声がアヤマロ様と被ったのには意外だったけれど。
――恐らく今、私は試されているのだろう。
理由は解らない。
それでも、ウキョウの今後に関わるなら一大事だ。
何としても認めてもらわなければならない。
「ふむ」
小さく呟かれた後、アヤマロ様はウキョウへ顔を流し向けた。
「ウキョウ。久しき姉弟の再会なれば、今日はゆうるりと過ごすがよかろう」
「そんなに当たり前だよ」
「…ありがとうございます」
溜息を吐くウキョウの横、私はまた頭を下げるが――
「しかしそなた、これより後は如何がする?」
…私自身の今後を聞かれるとは予想外だ。
本当はウキョウを迎えに行ったら、出来れば二人で旅をしたいと思っていたけれど、その必要はもはやない。
「弟をアヤマロ様の御子息としてお傍に置いて頂けておりますならば、姉としてこれほどの幸せはありません。本日はお言葉に甘えさせて頂き、明日よりは旅を続ける所存にございます」
「ちょっと待ったぁ!」
私の返答に、やはりウキョウが真っ先に反応する。
「待ってよ姉さん、旅って何さ。姉さんは僕の傍にいてくれないの?」
「そなたもここに留まるとは考えぬのか?」
――出来れば、そうしたいとは思う。
今の今まで離れ離れになっていたから、一緒に過ごしたいとは思う。
思うけれど。
「ですが、今や我が弟――ウキョウはアヤマロ様が御子息。私がいてはアヤマロ様にいらぬご迷惑をおかけするやもしれません。――私めは、虹雅渓に参った際、弟へのお目通りをお許し頂ければ充分にございます」
ウキョウの幸せの邪魔にはなりたくなかった。
例え二人で暮らせなくても、弟が幸せであれば私も幸せだから。
当然納得していないウキョウだけれど、後で話して理解(わか)って―――!?
背後に、突然の気配――殺気!?
「何者!」
思わず振り返り様に叫ぶ。
同時に真横を駈け過ぎていくは赤い影。
…疾い!
上にまで散らばる気配。後ろに響く抜刀の音。
手元に愛用の獲物は無い。
それでも何事かと慌てふためくウキョウを後ろにして、私は天井を睨み上げた。
「何、何!?」
「ウキョウ、私の側を離れないで、声を上げたら駄目」
アヤマロ様とは真逆の向こう、刀が擦れる音が響いて――
「うわぁ!」
石造りの天井から降ってくる黒い影が一つ!
…狙いはウキョウ!?
咄嗟にウキョウの腰に手を回して飛び退く。
刀が空を斬る音を聞きながら、着地と同時にウキョウを離して私は影へ振り返り――
「なっ!?」
斬り落としの態勢にあった相手の顔面に上着を叩きつけて、その隙に足で刀を蹴り弾く!
さらによろけた相手に私が床を蹴る―――よりも早く、相手の体が唐突に崩れ落ちた。
「…お見事」
無意識に呟いていたのは、彼の二刀の閃きがあまりにも美しかった為。
倒れた刺客の向こうに現れたのはアヤマロ様の横に控えていた金髪の侍。
表情に感情は無く、ただこちらを見据えている。
それでも私を眼で推し量るように射貫く視線に、私もまた視線を逸らす事が出来ず、全身を駆け巡る緊張に手の力が篭り、
「姉さん、カッコイイ!!」
弟の声にその緊張は解かれた。
「カッコイイよ姉さんてばさぁ。僕思わず見惚れちゃったよ」
「…そんなことより、ウキョウは大丈夫なの? 怪我は、無い?」
それを機に私は慌ててウキョウへ振り向く。
背後からは未だ鋭い視線が刺さるが、あえて無視させてもらう。
「んー尻餅はついたけど、それだけさ。それより姉さんはどうなの? 戦う女の姿としちゃあカッコよかったけど、顔に傷がついたりしたら大変じゃないか」
まずはそこなのね、ウキョウ。
あくまで顔を気にするウキョウに少し切なさを感じつつも、ある種の余裕を感じて私は苦笑していたのだが、
「や、見事であった」
掛けられたアヤマロ様の声に、慌てて居住まいを正す。
…しまった。うっかり体が反応してしまった…。
「…申し訳ありませんアヤマロ様、お見苦しい所をお見せしました」
「いやいや、中々見事な働きであったぞえ。なるほど、そちもまた大戦を生き延びた侍なるか」
「…侍と呼ばれる程の腕前(もの)ではございません…」
私がかつて『侍』に雇われた事は、テッサイ様より聞き及んでいらっしゃるのだろう。
静けさが戻った空間で、私は再び正座する。ウキョウも今度は大人しく隣に――あぐらをかいてだが座りこむが、その顔には奇妙な笑みが浮かんでいた。
楽しそうともいえるような笑みの先、アヤマロ様が思案するように唸った後、
「や。そなた、ここで余とウキョウの護衛の任に着け」
「…は?」
突然の御下命に、私は思わず間の抜けた声で返してしまった。
「そちに、この御殿での仕事を任す。弟の幸せと望むなら、傍にて励むが良い」
「――よ…よろしいのでございますか!?」
「そちの力量、明らかでないが買う価値はあるとみた」
「…ありがとうございます…!!」
ウキョウと一緒にいられる。
余りの嬉しさに、私は深く深く頭を下げてはお礼を繰り返した。
「やだなぁ姉さん、そんなにかしこまりすぎちゃ駄目だよ。これからは姉さんも父上の娘として暮らすんだから」
―――え?
「何を言ってるのウキョウ、私は警護の侍として…」
「姉さんこそ何言ってるのさ。いくら顔が似てないからって、髪と目の色ですぐ姉弟だってバレちゃうよ。それに僕は姉さんを姉さんて呼ぶのを止めるつもりはないしね。だったらいっそ、姉さんも父上の娘になっちゃえばいいのさ。大丈夫、僕だって父上の妾の息子として通ってるんだ、実はもう一人子供がいました!なぁんて言っても、充分通じるよ」
ねぇ父上?と、非常に楽しそうな口調でウキョウはアヤマロ様を反応を伺った。つられて呆然とアヤマロ様を見れば、アヤマロ様が「経緯は如何様にもなる」と頷いてしまったものだから、私は驚きに片方の肩の力が肩口の袖がずれるほど抜けていく。
…こんな簡単に決めてしまっていいのか。
アヤマロ様とウキョウ、二人の考えが読めず、私はただ――後ろから好奇にも似た視線を受けながら――呆然とするしかなかった。
■本当は刺客なんて入ってこれそうにありませんが、お話の都合って事で。
-前--戻-