「…テッサイ様…」
「…だから言ったであろう、後悔するぞと…」
 虹雅渓(こうがきょう)が大差配であるアヤマロ様の本殿の中。私は目の前の光景に腰を抜かしつつ、隣にいるテッサイ様の足をこれでもかといわんばかりの力で掴んで見上げた目の前には、

「ウキョウ様〜」
「まぁウキョウ様ったら…」
「ははは、良いねぇ」

 艶やかな女性達に囲まれた、アヤマロ様が御子息であるウキョウが、なんともふぬけた顔でくつろいでいた。

 このウキョウ、実は、私の実弟だったりする。



 戦が終わり、時間をかけて怪我を治し、はぐれた仲間と生き別れた弟を探し続けて早数ヶ月。
 弟に関しては、弟を引きとってくれたお侍様の名前だけを頼りに町という町を渡り歩いていたけれど、ようやそのくお侍様――テッサイ様を見つけることが出来た。
 早速弟のことを尋ねたところ、どうにも口を濁すものだから弟の身に何事かあったのかと問い詰めれば、違うと答えたものの、テッサイ様は苦々しい表情で本殿の中に入れてくれた。
 話によると、弟はアヤマロ様のご子息として引き取られていたというのには驚きだけれど、弟が幸せに暮らせているようで嬉しく思った。

 思っていたのだけれど――

 テッサイ様に渋々、といった様子で案内された先、贅の限りを尽くしたような部屋で女性に囲まれ、だらしなくくつろいでいる弟を見た瞬間、確かにとてつもない後悔に変わりそうになってしまった。

 ………ああ、あの時離れるのではなかった…。
 後悔先に立たずとはまさにこの事か。

 もういっそ、見なかったことにして立ち去ってしまった方がいいのか。

 そんな風に考えていると、ウキョウの方がこちらに気付いたようで、きょとんとした顔をしたかと思えば―――
「あれぇテッサイ。その横の可愛い子、なに?」
 締まりの無い声で喋るものだから、私は余計に肩から力が抜けて前のめりにへたれこむ。
 …どうやら私のこともすっかり忘れているらしい。いや、確かに今の私は帽子を深く被っているため判り難いというのもあるのだろう。

「…若。それが、ですな…」
 テッサイ様も、私が姉だと告げてよいものか迷っていらっしゃるのか言葉を濁していると、ウキョウは至って明るい声で、私に「おいでよ」と声をかけてくる。
 しかし私が腰が抜けた事もあり動けないでいると、ウキョウは「どうしたの? あ、もしかして恥ずかしいの?」などと的違いも甚だしいことを言って近づいてくる。
 私は顔を上げない。というより、上げる気力が無い。

「そんなに恥ずかしがらなくてもいいよー?」
 さぁ、顔を上げてごらん、と意気揚々と言ったところで――思いきり上げてやれば、真正面にウキョウの顔があった。
「…え」
 いきなり顔を上げられてか、すっ呆けた表情のウキョウ。
 これでもウキョウが私だと判らないのなら、思い出さないのなら――それで終わりだ。

 だが私の不安に反し、ウキョウの顔はみるみる驚きに崩れていく。
 手が伸びたかと思えば、私の髪を一房取り自分のと比べたり瞳の色を確かめている。
 私とウキョウは同じ桔梗色の髪に葡萄(えび)色の瞳。
 顔はあまり似ていない私達が、姉弟だと証明出来る唯一の共通点(いろ)。

「…ね…え、さん?」
「…ウキョウ、久しぶりね」
 驚きに掠れた弟の声に、私はさすがに嬉しさがこみ上げて無意識にその頬に触れていた。
「随分待たせてしまったけれど――」
 迎えに来た、という言葉は出なかった。迎える必要がない様に思えたからだ。
 けれど言葉を切らした瞬間、目の前のウキョウが「姉さん!!」と飛びつくような勢いで抱き付いてきたものだから、テッサイ様が支えくださらなければ、危うく後ろに倒れるところだった。

「う…ウキョウ!?」
「若!」
 思いのほかウキョウの力が強く、起き上がれない。
 後ろのテッサイ様に申し訳が無く、ウキョウを窘めようとしたが――

「ああもぅ遅いよ姉さん!僕こんなに大きくなっちゃったじゃないか!」

 先程までとは打って変わった泣き入りそうな声に、思わず抱きしめ返していた。

「ごめん。ごめんね、ウキョウ」
 身長はすでに私を通り越しているウキョウの頭をゆっくり撫でる。
 記憶の中の弟と違うとはいえ、確かに彼はウキョウだった。
 あまりにも久しい弟の暖かさに涙すら込み上げてきた。

 けどそれも束の間、抱き着いていたウキョウが突然身を起こしたかと思えば、テッサイ様を睨み上げる。

「こらテッサイ! なんで姉さんが来たのに僕に知らせてくれないのさ!!」
「申し訳ありません…」
「姉さんが来たって判ってたら、もっとちゃんと準備したのに!」
「ですが若、某も姉君のご来訪を知ったのは御殿にいらっしゃってからでして…」
「言い訳は聞かないよ。…仕方ないから、父上にこの事急いで知らせてきて。姉さんを紹介するからってさ」
「…御意」
 ウキョウの命令に、私を起こし直すとテッサイ様は慌てて部屋を出て行かれた。
 二人のやり取りに、私は思わず違和感を感じてしまう。
 …私からすれば、テッサイ様はウキョウを引き取って下さった恩人だ。
 だが、今のウキョウからすれば違うらしい。
 
「ねぇ、ウキョウ?」
姉さん、早速だけど父上に挨拶しないとね。そうだ、折角だから服も着替えようか?」
 呆気に取られたままの私の呼びかけにウキョウは気付いていないようで、楽しそうに私と同じく呆然と事の成り行きを見ていた女の人達に、私の着替えの用意を命じた。
 
 …待って。

 この部屋の雰囲気や彼女らの服を見る限り、着替えの服は似たような物なのだろうけど、私はああいった胸や足の露出が露骨に激しい服は激しく苦手だ。冗談ではない。

「ま、待ってウキョウ、私はこれで大丈夫よ!これでいいから!」
「だぁーめ。そんな物々しい服じゃ姉さんの魅力が半減だよ」
 これでも身形は整えてきた方だし、御前に出るには充分な――はず。何よりアヤマロ様にお会いするなら、必要以上にめかしこむのは逆に失礼だ。
 それを主張すると、ウキョウは少し意地の悪そうな表情を浮かべ、急に私の腕を引き寄せたかと思えば、
  
「僕は綺麗になった姉さんを皆に自慢したいの」

 頬に口付け、まるで口説くような口調で言った。
 おかげで私は、さぁさぁと腕やら肩を引く女性達への抵抗が出来ないほど――固まってしまった。
 

 …弟は、一体何がどうしてこんな風になってしまったのだろう。





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