すでにここに来てから大分経った。
 本殿での暮らし…というより、何事においても派手な本殿に最初は調子が狂う事もあったけれど、ようやく慣れてきた。

 調子が戻れば朝の目覚めも爽快になる。
 いつもより体に軽さを感じ、かむろ衆の稽古場にやってきた。
 一応『警護』という名目もあるため、日頃の鍛錬は必要だ。ウキョウは必要無いと言ったけれど、最低でも朝晩はここで弓や剣の鍛錬を行う。たまにかむろ衆に稽古相手を頼むのだけれど、私がアヤマロ様の娘――何よりウキョウの姉であるのに萎縮して、どうにも締まりの無い物になる。
 けれど相手がいなくては、腕も鈍りを見せるというもの。
 特に私のように、腕に自信は持てる程でも――極めるに至っていない中途半端さがあれば尚更だ。

「…誰か遠慮せずに相手をしてくれないかしら」
 ガッ!と鉄の的の中心を弓矢で射ながら私はぼやく。
 そんな時、気配と共に稽古場の扉が開く。反射的に私は、弓をその開く扉に向けていた。
 ―――扉が動くまで気配が無かったのだ。それでいて存在を知らせるように響かせる音。思い当たる人間は一だけ。私は先ほどの独り言を後悔した。
「…キュウゾウ殿、おはようございます」
 返事は無く、無言のまま私の隣に立つ。
 相変わらず気配を最低限に留め、周りとの同調するようで――雰囲気で周りから浮いてしまっている方だ。   
 ここ最近稽古場などで顔を合わせる事が多かった。キュウゾウ殿は口数が少ないので滅多に喋る事は無いけれど、お会いする度に目が合う事がやたら多い。別に構わないのだけれど、最近特に多いので気になってしまう。

 ガッ!とキュウゾウ殿が的を射貫く音が響く。
 私より鋭く速い。やや見惚れるも、私も再び的を射貫く。
 まだ陽の上がりきらない中、稽古場で交互に矢が突き立つ音だけが響いていた。

 そんな中、物静かな声でキュウゾウ殿は言った。
「…慣れたか…」
 それは問う言葉でなく、確証された言葉(もの)。
 新たに放った矢が、前の矢を弾いて中心を射る。
「…何とか」
 言葉と射る音が交互に響く。
 キュウゾウ殿が何を言いたいかは、なんとなくだが解る。
 キュウゾウ殿は最低限の言葉でしか喋らない。
 解り難いようで解り易い。
「…手合わせ、願えるか…」
 始めて――いや、最初に刺客を倒した時から向けられていた視線の意味はこれだ。
 暗に、私との手合わせを願っていたのだ。わざわざ時を見計らったのは、常時は私の傍にはウキョウがいるので、阻まれると判っているからだろう。
 私のような者にでさえ相手(てあわせ)と願うのは、大戦の終了による枯渇感のせいだと感じた。
 大戦の終了を知った時、あの空を舞えないのは、私でも少し寂しいと感じてしまったから、彼程の侍なら仕方の無い事なのだろう。

 だから、

「…あと少し」
「…そうか」 
 
 もう少し待ってほしかった。確かに私も物足りなさを感じているのは否めない。
 それでも今手合わせしたところで、私は彼の期待に応える以前の問題の結果しか出せないだろう。
 どうせ戦うなら、感覚を完全に取り戻してからにしたい。

 勝てはしないだろう。

 でもきっと――楽しいかもしれない。







 ■キュウゾウは名前を滅多に呼んでくれないので困りものです。


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